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#001『禁断の取引』橋本訓典

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Customers Voice
見るたびに、気になって好きになった作品です。我が家に来てからは、お気に入りのポイントになりました。
小物やオブジェだけではできない空間が、この作品を飾ることによって生まれました。
「この白鳥は、きっと一緒にいて大丈夫」「グリーンもあったらいいよね」などと、少しずつ他のものと並べることで、我が家に溶け込んできたように思います。

#橋本訓典

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La tour Eiffel☆Notre-Dame♡Arc de triomphe de l’Étoile

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クロザルさんは、モンスーンの地域に住んでます。だからたくさんの果物などの食べ物に恵まれています。食べ物について争うことがないのでとても感情豊かにくらしています。楽しいことに時間を費やし、とても仲良しです。仲間同士でハグしあう光景がよく見られます。

まつかさトカゲは20年近く生きます。その20年の人生のなかで、パートナーになった同じ相手と1年に1度必ず逢瀬を重ねます。そうしてもしも不慮の事故や病気で恋人を失ってししまったら、その死んでしまったパートナーに寄り添って動きません。どうしてそのことを察知してそういう行動にでるのかはわかっていません。

eiffel

何か言いたいことがある訳ではありませんが、ふっとそんな世界もあるのだなあと思っただけです。人間があとから作ったものより、もともとあるものの方が大切だと思える世界はちゃんとあるんだなと。クロザルさんが食べ物を取り合わないといけない世界に住んでたら、まつかさトカゲさんが自分以外の生き物を大切にできない世界に住んでいたら、彼らも今とは違うのでしょうか?だとしてもそれを理由に他の世界にダメージを与えようとまでは、しないような気がします。

今日は、画伯のフランスシリーズを載せてみます。別に芸術家だからパリが好きだとか言ってるのではなくて、なんとなくパリは何回訪れてもキュンとする場所だと思うのです。パリだけじゃなくて、どこの国でもどこの世界でもそれは変わらないと思うのです。画伯の楽しいパリシリーズを見てもらいたいなと思っただけです。このシリーズに描かれたエッフェル塔も、凱旋門も、ノートルダム大聖堂もニコニコです。悲しくなる要素はどこにもありません。どこかにあってもいけない気がします。

tori

すべての悲しみが、どうにかして少しでも消えてくれるといいと思います。
ATP finalの会場があまりにも綺麗だったので。どんな時でも綺麗なものは綺麗だなって感じたいなと思って。
atpf

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melancholia そんな気分の時もあるさ。

melancolie
melancolie

底抜けに明るいお猿さんの次は、ちょっぴりメランコリックなお猿さんの紹介。
仲間たちが住んでいる遠い故郷から離れた場所にいるのか、ちょっぴり寒くなってきたからちょっぴり元気がないのか、そろそろ群れから独り立ちして自分の群れを作らなくちゃいけない時期なのか、なんだかわかんないけど、ちょっぴりメランコリックな感じ。

泣きそうな顔にも見えるけど、もしかするとノスタルジックは映画をみて感動してるのかも。きっと、「シェルブールの雨傘」か「ダンサー・イン・ザ・ダーク」か 「8人の女たち」か「幸せの雨傘」だと思う。おっと、映画好きのキミはもう気づいたね。そう、この映画に出演しているのは、元祖、歌って踊れるアイドル、カトリーヌ・ドヌーヴなのだ。
時間というのは私たちに関係なく無常に過ぎてゆく。カトリーヌ・ドヌーヴの時間も皆と変わらず過ぎていく。
と書いていると、なぜかアポリネールの「ミラボー橋」が浮かんできた。アポリネールがローランサンとの恋の終焉を描いた、あのミラボー橋。

ミラボー橋の下をセーヌ川が流れ
われらの恋が流れる
わたしは思い出す
悩みのあとには楽しみが来ると
日も暮れよ 鐘も鳴れ
月日は流れ わたしは残る
手と手をつなぎ 顔と顔を向け合おう
こうしていると
 二人の腕の橋の下を
疲れたまなざしの無窮の時が流れる
日も暮れよ 鐘も鳴れ
月日は流れ わたしは残る
流れる水のように恋もまた死んでゆく
命ばかりが長く
希望ばかりが大きい
日も暮れよ 鐘も鳴れ
月日は流れ わたしは残る
日が去り 月がゆき
過ぎた時も
 昔の恋も
二度とまた帰ってこない
ミラボー橋の下をセーヌ川が流れる
日も暮れよ 鐘も鳴れ
月日は流れ わたしは残る

この作品のお猿さんはとてもメランコリックだから、きっと終わってしまった蒼い恋と、若き日のカトリーヌ・ドヌーヴを見つめて今を生きているのかもしれない。でもきっと遠くを見つめながら言ってくれるはず。「今の君も素敵だよ」と。そんな、優しいお猿さんだと思うの。

Yvette Giraud – “Le Pont Mirabeau”

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10 エーッサ、エーッサ、エッサほいサッサ。うーん。あなどれない詩的なフレーズだ。

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なにはともあれ、楽しくなる。ずーっと見てると笑っちゃう。なんだろう?なんかたまらなくウキウキしない?いろんな意味がある作品も面白いけど、たまには単純にほくそ笑んじゃう作品に出会えるのも楽しい。

世界中にはいろんなお猿さんがいるよね。最近までは「ピグミーマーモセット」が一番ちっこいとされてたんだけど、最近では「ピグミーネズミキツネザル」が一番ちっこいことになってるんだよ。アニマルプラネットファンなら知ってるとおもうけど、目がぐりぐりして耳がでっかいお猿さん。バッタとか頭からガジガジ食べるんだよね。意外にも。

世界一でっかいお猿さんはなんだろう?やっぱ、ゴリラだよね。シルバーバックとか言うよね。ゴリラって目が優しそうでなんか好き。背中に乗せてもらって日向ぼっこしたい。ランカウイに行くのが好きだからついでにコタキナバルにも行くと、オラウータンにあえるよ。動物園のオラウータンが、なぜかどこでも何かをかぶってるのって(毛布みたいなのとか、コーヒー豆の袋みたいなのとか)やっぱ落ち着くのかなあ。動物って飽きない。1日、アニマルプラネットばっかり見てても飽きないよね。ただ、怪物魚をなんとかみたいなのは、いつも見たら後悔する。盛り上げるだけ盛り上げといて、絶対釣れないんだもん。釣れたとしてもちょっと期待はずれの大きさで「きっとまだ見ぬ怪物魚が、生息しているのかもしれない」とか言っちゃったりするから、残念な気持ちになる。

脱線したけれど、この作品をみてると「大丈夫、大丈夫。なんだってOKさっ☆」って言ってくれてるようで嬉しくなる。何があっても大丈夫!

2016年(平成28年)の干支【申 さる】の作品を集めました

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jailbreak

jailbreak
jailbreak

日常が囚われの身なのか、非日常がそうなのか、はたまた、本当に囚われているのか。

毎日繰り返される日常があるというのは、とっても幸せなことなんじゃないかと思うのよ。だからこそ週末のパーティやディズニーランドがキラキラするのさ。

今朝、「モルディブに非常事態宣言がだされました」というニュースを見た。モルディブというあのイメージと非常事態宣言という言葉のギャップが大きすぎて、文字通り理解するのに時間がかかった。多分私が知ってる透き通った青い海と嘘みたいな魚の群れ、どこにいっても迎えてくれる、はにかんだ様な優しい笑顔がモルディブの日常だと思いたいから、早く、降ってわいたようなわけのわからない力関係の非日常が、去っていきますように。

楽しい方の非日常は大歓迎だよね。でも、なんだか、日常と非日常は繰り返す癖があるみたい。いつも思うのだが、他人から押し付けられた非日常は、ほんと迷惑だし嫌な場合が多い気がする。でも、自分で選択する非日常は、こんなにも素敵。だから僕は折を見て、お猿さんと一緒にjailbreakするのさ。

それに僕のこと、よく見て。本当に囚われていると思う?
中にいるのか、外にいるのか、この作品のファースト・インプレッションにはあなたの心が映し出されているんだよ。たいていのことは見た目とは違うものさ。楽しいね、人生は。la dolce vita… bella vita…